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連載

  時を刻むもの ~ファイナル~



地上に横たわる自分の体からは、白い血が流れていた。
その体に別れを告げ、体勢を整えた直後に上空から強い光りを浴びた。
眼を閉じても残像が残るこの青い光りは、自分がおこした光りだった。
そして涸沢で長老が乗った飛行物体のように
この地、そしてこの時から一瞬にして離れ、自ら意識を落としていく。
 
・・・気がついたときにはベッドの上。
小さな明かりで、
遮光カーテンやクロゼットなどを薄っすらと見回すことができたが、
一瞬、夜なのか昼なのか悩んだ。
誰かと会話をしたはずなのに、相手が誰なのか記憶にない。
部屋にはみどりさんの匂い袋が漂っていた。
パタパタ音のフェードアウトと共に、香りに包まれたまま
体の重さに耐えられず再び意識は失せていく・・・
 
仰向けのまま一晩このベッドに埋もれていたようだ。
眠りについたときとあきらかに違うのは
出窓の遮光カーテンが両サイドに縛られていること。
今は白いレースのカーテンが眩しく、部屋全体がはっきり見渡せる。
 
ベッド脇で見つけた時計に釘付けになったまま
ずっと上高地のみどりさんのことを考えていた。
再びパタパタ音が近づいてくる。
音よりも先に、
開いたままの部屋の扉からこぼれている廊下の照明が、気配を感じさせた。
そして目の前に立った人間の表情に涙腺がゆるんだ。
「みどりさん・・・」

「何寝ぼけているの?母の名を呼んだりして。
    ひどい寝汗ね。はい、タオル。体を拭いたら朝ご飯にしましょう。
新聞を取りに言ってくるから、先にお線香を上げてね。」

厚みのあるドアが閉まる音と共に、人間の気配が遠のいていく。
みどりさん似の女性も、匂い袋の香りを残していった。
「あの女性はみどりさんの娘!?
 この肉体はみどりさんの娘の・・・恋人か亭主ということになるのか!?」
重い肉体をゆっくり起こし、激しい頭痛と目眩に耐えながらも、
壁を頼りに厚みのあるドアとは反対方向に、ゆっくりと足を運ぶ。

居間奥の和室には、やや年齢のいった女性の遺影とお供え物。
そしてみどりさんの写真。
上高地、徳沢のベンチに腰掛けていた時、
ハイカーにシャッターを切ってもらったものだとすぐわかった。
さらにその横には、上高地でみどりさんがリュックから取り出した
手のひらサイズの木箱が方向を崩さずに並んでいる。
遺影がみどりさんであることに気づいた・・・

「みどりさん・・・」
お線香をあげながらみどりさんに詫び、蘇った記憶をみどりさんに報告した。
 
「僕は旅をしていた・・・時間を越えた旅人。
時間の秘密を知った者のみに許されるわけではない。
時間の秘密を知った者は、長きにわたりひと所にいてはいけないという
神の勝手な論法に支配されている。
 『つぎのじだい』も、みどりさんのお母さんに自分が書き残したメモだった。
  僕はどうやらみどりさんの家系図上を旅しているように思える・・・
  新たな肉体もみどりさんのサークルの中にいた。
      「つぎのじだい」に旅するときは、新たな肉体を得ることができるが、
  前の時代の体を、「死」という形で置いていかねばならない。
  僕はその度、誰かを悲しませることになる。
  許されることならば、旅を終えたい・・・
  時間の秘密を解くべきではなかった・・・」
 
 旅の途中で、一度だけ同じ時間の旅行者に出会ったことを思い出した。
彼は時間を戻る選択をし、太古を探るのだと。
彼が語ってくれた、カムチャッカ半島に置き去りにした体の名は「星野道夫」 
その名も、
「みどりさん」そして「時を刻むもの」と共に
再び眠る僕の記憶の中に永遠に刻まれていく・・・        
・・・おしまい
 
         蕗の葉下の住人 21年2月19日(水)

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